ライフハック

スキーが滑れなくて泣いた。挫折から学ぶ失敗に対する向き合い方について

この日、人生で初めてスキーをした。

旦那に「どうしてもやってみたい、君(つまり私)と一緒に楽しみたいんだ」などと言われたら行くしかない。

新幹線もリフト券もスキー講習も全て旦那が調べ手配した。

この日のために手袋、ゴーグル、帽子なども買いに行った。


そして当日、天気は快晴。気持ちの良い青空が広がっており見慣れない雪景色は美しく不安に勝る期待に胸を膨らませて私たちはゲレンデへ向かったのである。

スキーウェアとスキー板はもちろんレンタル。初めて身に着けるスキーブーツは重く履きにくく歩きづらかった。

そんなことも私たちには新鮮で楽しく感じられ、にこにこしながら準備をした。

スキー板を渡されるとき素手で受け取ったのだけど、後で聞いたら端が鋭くなっているから落とすと手がスパッと切れるので気をつけてくださいとインストラクターに言われた。

そういうのは早く言って欲しいし、渡す方も渡す方でグローブはめるまで待ってほしかった。そこだけは今でも不満である。


そしていよいよスキー講習。まずはスキーブーツをスキー板にはめ、歩く練習からはじまる。

生徒は私、旦那、小学生男子の3人。そしてインストラクターが一人。

歩くのに慣れたら、棒を使って滑る練習、小さな傾斜を滑りブレーキをかける練習などをした。

旦那が一番上達が早く、次に小学生、最後が私だった。歩くことすらままならない。


そうこうするうち「じゃあ実践しましょうか」ということになる。まずは上に登るところからだ。

インストラクターと小学生、私と旦那でペアになりリフトに乗ることとなった。

滑るのも初めてならリフトに乗るのも初めてだったが、乗るのはそこまで難しくなかった。そして乗ったら景色が良く気分も高揚した。

スキー板とブーツの重さが足に直にかかるのも不思議な体験である。ブラブラしながら板についた雪を落とすのも面白かった。


問題は降りるときだ。リフトに乗る前に降りたらとにかくその場からすぐ離れてということを何度も言われた。

言われてできるなら苦労しないと思いながらやってみたが案の定失敗。

乗降地点に控えていた別のスタッフに助けられてその場は問題なく終わった。


しかしこの辺りからスキーが怖いと本格的に思い始める。

体が思うように動かないのは最初からわかっていたけれど。一度滑ったら止まらないし、無理やり止まろうとするとブーツが板から外れるし、なんとかはめて立ち上がろうとしても滑って立ち上がれない。

なのに周りはビュンビュン横を通り過ぎていく。怖い。ぶつかったらどうなるんだ。


それでもまあ滑った。インストラクターに言われるがまま初級者コースへ頑張って向かった。

傾斜はゆるやかであるが左側は3メートルほどの崖。フェンス無し。それが初級者コースであった。本当かよ。

崖を見ると引き寄せられるから見ないでくださいね、と言われたが無理な話である。

落ちたら嫌だと思いながらつい気にして見てしまい、そして引き寄せられていく。ブレーキをする。止まれない。足をついてなんとか止まるもブーツと板はバラバラになり、元に戻しても立ち上がれず。

旦那やインストラクターに助けられながら立ちまた滑る。 というのを繰り返すこと3回ほど。

4回目くらいでなんかもう全部嫌になった。


今年でもう26になるというのにこんな板きれすら思うように扱えない。

小学生は失敗しながらも楽しそうに滑っているのに私にはできない。

怖い。怪我したくない。できない。なんでこんなことしてるんだっけ?全然楽しくない。


もともと私は運動が苦手なんだ。スキーなんて誘われなければ一生やらなかった。やめとけばよかったんだ。

ローラースケートだって滑れなかったし、一輪車も無理だった。50m走なんて10秒以上かかっていつだってビリだった。

今と昔は違うなんて自分を騙して希望的観測で今回はなんとかなるだろうなんてどうして思ったの?

根拠なんてない。気持ちだけ。


様々な考えが様々な角度から私自身を攻撃し始め、この状況を作り出した人や物を呪っている自分に自己嫌悪してさらに私による攻撃はエスカレートしていく。

涙がとまならなくなってインストラクターの人も困るし旦那も困るしみんな困ってこんな大きな子どもどうしたらいいんだ?みたいな。

ああ、情けない。私はいつまでたっても子どもだ。全然なにからも卒業できない。 人に迷惑かけてばかりだ。何をしてもだめだ。

こんなところで泣くとかいい加減にしろよ助けてくれるのを待ってるの?

大丈夫って言葉が欲しいんだもんね。いい年した大人なのに甘えてる。恥ずかしいやつ。と自分で追い討ちをかけて自分で動けなくなって「できない…無理」と一緒に滑っている旦那に伝えることになった。

見かねたインストラクターは気を使ってか小学生の方を教えに行っていた。


旦那はしばらく考えこんなことを私に言った。

「誰だって最初から上手いわけじゃない。絶対に失敗する。最初だから失敗するのは当たり前でそんなことは悲しむことじゃない。できないのが当然なんだ。」

5秒くらいで読めてしまう文章だけれども5分くらいかけて上記のようなことを言っていた。

こうして落ち着いた状態で書くと当たり前の事なのだが、当時の私の心には響き、気持ちを立て直すことができた。

スキー講習が終了するまでには滑ることはもちろん、止まることもできたし、行きたい方向へコントロールすることもできるようになった。



念のために補足しておくとこの日は雪が少なく気温も高く時間が経つほど雪がベシャベシャになるというゲレンデスタッフに言わせても初心者が滑るには最悪のコンディションだということだった。

それでもある程度滑れるようになって本当によかった。北海道のスキー場ならもっと楽しめるんじゃないか?


話は逸れたけれど私がこの件から学んだことは2点。

・見えない失敗があるということ
・イメージで心が折れるということ


そもそも私は失敗が嫌いだ。失敗なくして成功はありえないということはわかっているのだけどでも失敗が嫌いだ。

失敗するくらいならチャレンジしないことを選ぶと言うと言い過ぎなのだけど、近い気持ちではいる。


そして失敗した際の反省の仕方が最悪でまず最初に自分以外のもののせいにする。

人、場所、天気色々なもののせいにして自分自身は悪くないというポジションを取りたがる。

自分の能力が他人より劣っていることを自覚したくないのかもしれない。

スキーであれば周囲が軽やかに滑っているという目に映る事実だけを見てしまい、滑れるのが普通なのであってできない私は劣っていると考える。

そう思いたくないから失敗を回りのせいにして自分を守っている。

だからまず見えることしか見ないというのをやめることが必要なんじゃないか。

旦那の言う通り上手にスキーしている人たちだって失敗はしたはずだ。ブーツとスキー板がバラバラになって立つことすらできないという惨めな経験をしたはずだ。

それを考えれば多少失敗したとしても私は今そういう段階にいるだけなのだと納得することができる。


次にイメージの問題。

新しいことに挑戦するときにイメージするのはできるようになった自分だ。それ事態は良いと思う。なぜならモチベーションになるからだ。

問題はできる自分しか想像できていないことだ。

できるようになるまでに経験する挫折や失敗を勘案していないのでいざそのときになってみるとこんなはずじゃなかったと心が折れる。

であれば最初から挫折や失敗を織り込んでイメージするのが良いのではないか。


上記2点は観点が違うだけで同じことを言っている。

総括すると、新しいことに挑戦する際は失敗を前提として取り組むということになる。

では失敗が嫌いなのはどうするか?こればかりは諦めるしかない気がしている。失敗の数が多くなればそのうち諦めもつくんじゃなかろうか。わからんけど。

以上がこのスキーで学んだこと。こうして文章に起こしたらもっと自分のものにできるかなと思って書いてみた。

ちなみに旦那は私がスキーを楽しめなかったことも計画に織り込んでおり、 新幹線までの時間を近くのアウトレットモールで過ごす予定を立てていた。

やさしいね。

おわり。

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